ヘッセリーヌのブログ

20代前半の若者が日々感じ取ったことを綴ります。

思考と実践のフィードバックループ

  昨日は午前中9時ごろに起きた。洗濯物が溜まっていたので、すぐに洗濯機に入れて回した。長旅でしばらく洗っていたなかったので、洗濯機いっぱいになるほどだった。

  洗濯機を回している間、今日は何をしようかと考えた。この時ふと、最近の自己啓発の傾向は、考えることをやめて行動せよ、というものであることを思い出した。バカバカしくて鼻で笑った。今日はプログラミングをやろうと決めた。

  お昼に友達と食事をする約束があったので、それまでプログラミングをした。最近はvue.jsというJavaScriptフレームワークを勉強している。

  しばしばプログラミングをやっていて思うこと、つまり、コードを理解できれば良いのか、細かな関数の呼び出し方まで知っていなきゃいけないのか、そのどちらが自分にとって必要なのかということを考えた。結果、まずはコードを理解することだという結論に至った。

  友達と食事をした。彼も私と同様、今人生の岐路に立たされており、何をすべきか迷っていた。翻弄された挙句の果てに、残るものは何があるのだろうかと僕たちは考えた。残るものは何もない、あったとしてもすぐに消え去ると考えた。そして、翻弄されないこと、悩まないこと、今やりたいことに全力を尽くすことが何よりも僕たちの価値の絶対値を底上げするのだという結論に至った。

  こんなこと、言われなくとも分かっている。冷静になれば明らかなことである。絶対値の底上げのためには悩まぬことである。ある意味、考えることをやめることである。

  洗濯機を回していた午前中の自分を思い出した。あの時、僕は考えることが価値あることだと思っていた。もちろんこれは真実である。しかし、それが行動や反省に繋がらないものであるなら話は変わる。ウィトゲンシュタインが私的言語の不可能性を指摘したように、単なる妄想、つまり、その概念の性質上なかったものとなるのだから。

  そして、考えて行動したり、考えて反省したりすることはきっと極めて難しい。普通の人間には中々出来ない。己の思考で世界を歩むことができるほど世界は小さくないのである。

  時には、考えて分からないなら、胸に手を当て今すべきだと心が命じることに全力を尽くす。そうすることで、思考が変化し、分からなかったことが分かるようになる。

  このフィードバックループを回すということが重要であると指摘している点において、最近の自己啓発の傾向性は評価できるだろう。ただ、このループを回すことの意義を訴えている本がどれだけあるのか僕は知らない。

  お昼を終え、予定通りプログラミングを勉強した。その時間全力で勉強した。

  帰り道、いつもに増して寒い夜風が、心地よく感ぜられ、僕の背中を後押ししてくれ気がした。困難は成長の起爆剤なり。